研究・論文
Disaster-related health issues among older adults
高齢者における災害関連の健康課題
要約
本章は、福島において発生した原子力発電所事故における高齢者の健康課題に焦点を当てました。まず、高齢者の健康課題について、なぜ高齢者が災害に対して脆弱であると考えられているのかを含めて考察しました。高齢者は、もともと若年者に比べて喪失を経験する可能性が高く、そのうえ、若年者に喪失を補う体力や時間があるのに対し、高齢者は余力がほとんどない状態で喪失に耐えなければなりません。災害が発生すると、短期間に複数の喪失(仕事、家屋、財産、近親者など)を経験する可能性が高く、加えて避難生活においても多くの喪失(社会関係、生きがい、生活様式、身体機能・認知機能、心身の健康など)を経験する可能性が高くなります。それゆえ、高齢者は災害に対して脆弱であると考えられます。
次に、福島原発事故の具体的な影響を取り上げながら、原子力災害における高齢者の実態と利用可能な支援について説明しました。東日本大震災における災害関連死は、福島県の高齢者が過半数を占めています。避難を余儀なくされた高齢者が病院や介護施設への搬送中や搬送後に亡くなることもありました。さらに、災害後、施設に入所した高齢者の死亡率は、災害前と比べて2倍以上、特に災害から3カ月間は3倍以上という報告もあります。高齢者が住み慣れた地域から避難することによって、医療・介護サービスが途切れてしまうことのないよう、避難元と避難先で情報を共有できるシステムを構築しておく必要があります。
高齢者にとって原子力災害が他の自然災害とどのように異なるのかについて、空間的側面、認知的側面、時間的側面から説明しました。まず、空間的には、放射性物質の拡散によって、自然災害よりも遠方に避難する必要があるという点が挙げられます。遠方に避難することで、医療や介護を継続して受けることが困難になる可能性が高まります。さらに、高齢者の多くは、長い間、同じ地域で暮らし続けていますので、長い時間をかけて育んできた社会関係が、遠方への避難によって脅かされる可能性があります。認知的には、災害によって発生したリスクに対する人々の受け止め方に大きな差が生じるという点を挙げることができます。具体的には、目に見えない放射性物質が健康に及ぼす影響の受け止め方に大きな差が生じます。この差には、個人差もありますし、世代間差もありますが、特に、放射性物質が身体に及ぼす長期的な影響については、より長期間影響を受けると考えられる若年者と、高齢者との間で、受け止め方に差が生じ、別々に暮らすという選択につながる可能性が考えられます。また、受け止め方は、当事者かどうかによっても大きく異なっています。原子力災害によってさまざまな風評被害がもたらされ、避難してきたことや出身地などを避難先で話題にすることに慎重になる避難者も少なくありません。そして、時間的には、避難が終わるまでの期間が、他の災害に比べて長くなる点が挙げられます。避難生活が長引くほど、高齢者の健康状態は悪化する可能性が高まります。加えて、避難生活が長引くほど、災害前の地域に戻る際のハードルも高くなります。
さらに、福島県「県民健康調査」の「こころの健康支援チーム」が支援した高齢の避難者の事例をもとに、原子力災害時の高齢者支援について考察しました。事例では、近所づきあいがなくなってしまうという課題、生きがいがなくなってしまうという課題、避難生活が長引くことによって生じる課題を紹介しました。避難先で高齢者が孤立しないように、閉じこもりにならないように、避難先での社会活動について情報を収集し一緒に考えるなどの支援が必要となります。そして、支援者は、避難元に戻る場合も避難先に定住する場合も避難生活を続ける場合も、高齢者一人一人に葛藤や迷いがある可能性を考慮して支援する必要があります。今後、原子力災害が発生した場合には、高齢者のメンタルヘルスや生活習慣の課題についてアセスメントを行うとともに、避難先が遠方であっても支援を可能とする方策を確保することが重要となります。
書誌情報
タイトル | Disaster-related health issues among older adults |
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著者 |
針金まゆみ1, 2、安村誠司1, 2 |
掲載誌 | Health Effects of the Fukushima Nuclear Disaster 2022, Pages 217-230 |
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