研究・論文
Revisiting the Geographical Distribution of Thyroid Cancer Incidence in Fukushima Prefecture: Analysis of Data From the Second- and Third-round Thyroid Ultrasound Examination
福島県における甲状腺がん診断の地理的分布の再検討:第2回および第3回甲状腺検査の解析
要約
2011年に発生した福島第一原子力発電所の事故による放射線の健康影響として小児の甲状腺がんの発生が懸念され、福島県では県民健康調査「甲状腺検査」が企画されました。第1回の先行検査(2011-2013年度)はベースライン調査として、その後、本格検査として第2回(2014-2015年度)、第3回(2016 -2017年度)の検査が実施され、結果が確定しています。これまで第1回あるいは第2回の検査で報告された甲状腺がん(疑い例を含む、以下同様)の診断割合に地域差があるか否かが度々問題とされてきました。しかし、第1回の検査では、事故発生前から甲状腺がんと診断される状態にあった人を除外できません。また、第3回の検査結果までを用い、長期間にわたる甲状腺がんの診断割合に地域差があるのかを、検討した研究は報告されていませんでした。
本研究では、震災時に福島県内に居住しており先行検査において甲状腺がんと診断されなかった受診者およそ25万人を対象にしています。この集団において、先行検査後、第2回および第3回の検査までの期間に甲状腺がんと診断された割合(以下、これを仮に発見率とします)の地域差を統計学的に分析しました。なお、対象集団からは対象期間中に99名の甲状腺がんが診断されています。
まず、地域差を考慮せずに受診間隔と性・年齢・BMI・検査回を調整した上で、第2回および第3回の検査に甲状腺がんと診断される確率(発見確率)を統計学的なモデル(complementary log-log binominal 回帰分析)で推計し、これを市町村別に合計することで、対象期間に各市町村で甲状腺がんと診断される数の期待値Eを求めました。これに同期間で対象集団から実際に甲状腺がんと診断された数Oを基に、O/E 比である標準化発見率(SIR)を市町村別に求めました。
このSIRの分布データについて、高SIR値の集積地の存在有無を検定するFlexsan(Flexibly shaped spatial scan) 法、距離の近い地域同士のSIR値が類似する程度からSIRの地理的集積性(集積傾向)の有無を検出するMEET(maximized excess events test)法による解析を行いましたが、いずれも有意なSIRの地理的集積を検出しませんでした(それぞれのP値は0.17 および0.54)。
さらに、UNSCEAR 2020 レポートによって更新された事故後1年間の幼児の吸収線量推計値に基づいた4地域区分のカテゴリ変数を説明変数としたポアソン回帰分析により、SIRの地域差の有無を検討しました。ポアソン回帰分析の結果、吸収線量の最低値群、中低値群、中高値群、最高値群のそれぞれの相対リスク(95%信頼区間)は、1.16 (0.52–2.59), 0.55 (0.31–0.97), 1.05 (0.79–1.40) and 1.24 (0.89–1.74)であり、一貫した関連はみられませんでした。
以上の結果より、第1回の検査以降で、第3回の検査まで(事故後6ないし7年後まで)に新たに診断された甲状腺がんの市町村別発見率については、有意な地理的な集積と地理的な吸収線量との関連はみられず、事故によって特定の地区に甲状腺がんが偏って発生してることはないだろうと考えられました。
書誌情報
タイトル | Revisiting the Geographical Distribution of Thyroid Cancer Incidence in Fukushima Prefecture: Analysis of Data From the Second- and Third-round Thyroid Ultrasound Examination |
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著者 |
中谷友樹1, 2, 髙橋邦彦2, 3, 高橋秀人2, 4, 安村誠司5, 大平哲也6, 志村浩己2, 7, 鈴木 悟2, 鈴木 聡2, 岩舘 学2,8, 横谷 進9, 大戸 斉2, 神谷研二2, 10 |
掲載誌 | J Epidemiol. 2022;32(Suppl_XII):S76-S83. |
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